エミール・ガレ美術館


Information

入館料 

800円(小学生以上)

※心身に障害のある方、および10名以上の団体で、お一人様 720円

※心身に障害のある方のお付き添いの方 1名は無料

エミール・ガレ美術館は、安曇野アートラインに加盟しています

開館時間

夏期(4〜10月)9:00〜17:30  最終入館
冬期(11、12月と3月)9:00〜16:30  最終入館
冬期(1、2月)9:00〜15:30  最終入館

※火曜休館(但し、8月は除く)

鑑賞時のお願い

 

展示作品の保護を目的に、また、多くの方に美術館をお楽しみいただくためにも、以下の点にご協力をお願いいたします。

・展示作品にはお手を触れないでください

・展示室内での撮影はご遠慮ください

・お話をする際には、他の鑑賞者へのご配慮をお願いいたします

・美術館ガイドは、お帰りの際に受け付けへお戻しください。なおこの美術館ガイドの撮影はご遠慮ください

その他、スタッフの指示に従っていただきますよう、お願い申し上げます。

特に近年、スマートフォンやタブレットで作品を撮影される方が見受けられます。美術館内での撮影は厳禁です。

エミール・ガレ美術館について

ご挨拶

美術館は展示作品から何かを見つけ出し、学ばなくてはならない場所・・・でしょうか?

なんだか価値があるらしいから、まあ見ておこうか・・・?

そんな考えはとても残念です。美術館はそこに置かれた作品が「息をしている」場所だと考えています。

静かで暗い収蔵庫や、もしかしたら日の目をみることなく放っておかれていた場所から出て「深呼吸している」かもしれません。

ここでは、作品とともに過ごす時間そのものを楽しんでいただきたいと思っています。

安曇野という土地を訪れていただくと、この土地の明快な四季や、自然がもたらす生命の美しさを改めて感じていただけるのではないでしょうか。

そしてこの美術館では、エミール・ガレという人物が心から愛し、また研究者の目で観察した命あるものたち、小さな虫の美しい翅や花のつぼみ、枯れ行く花の一瞬のきらめきを、ガラスの中に切り取った彼の研究、試みと挑戦をご覧いただいています。

生まれ故郷への愛情と、自然への崇敬、探究者としての挑戦はガレという人物を形作る軸でした。

ガレが故郷を、家族を思う強い意志の根底にはいつも、幼い日々を過ごした故郷の森の自然への愛情と崇敬、そして小さな生命への温かなまなざしがあふれていました。

私はそこに共感し、ガレという人物のまなざしを通して、改めて自然界の秩序や美しさに、驚きをもって感謝することができるような気が致します。

年代順の展示を排し、細かな技法の説明はガイドブックでご覧いただけるようになっています。

ここは、ガレの作品が「息をし」、生き続ける場所です。空間と、安曇野の四季を感じていただくための美術館です。

作品は掌(たなごころ)感を大切にし、写し取られた植物や虫たちのひそやかな息が聞こえてくるような、愛らしいものを集めています。

本当に小さな小さな美術館ですが、森を散策するように、静かな時間を楽しみにいらして下さい。

美術館入り口に掲げた文字は、"Ma Racine est au Fond des Bois." (我が根源は森の奥にあり)

ガレが自身の工房の扉に刻んだ言葉です。

研究者として、オーガナイザーとして、経営者として、祖国を、家族を愛する一人の人間としての、生きていく覚悟をも感じさせる深い言葉だと思います。

ガレのこの言葉の意味の一端を、ここで感じていただければ幸いです。

 

Emile Galle

Emile Galle1846年、エミール・ガレはフランス北東部ロレーヌ地方ナンシーで、ガラス器・陶器の卸売を営んでいた両親のもとに生まれました。父親の教育方針により、ナンシー・リセ(高等中学校)に入学後は、哲学、修辞学、古典を学び、特に詩作において非凡な才能を見せました。これら文学に対する教養は、後のガラス制作においてもインスピレーションの源となったことでしょう。また、学校の外ではデッサンや風景画の手ほどきも受け、当時高名なD.A.ゴドゥロン教授のもと、専門的に植物学を学びました。ナンシーの美しい自然とそれらへの深い愛情に、豊かな教養と知的探究心が混ざり合い、幾重にも層をなして彼のアイデンティティーを形成していきました。

制作開始当初は、ヨーロッパの伝統的なスタイルに則った作風であったガレの転機は、当時のパリを席巻していた「ジャポニズム(日本様式)」と、一人の日本人との出会いによって訪れました。

1885年、農務省からナンシーの森林高等学校に留学していた高島得三、後の日本画家・高島北海との出会いにより、ガレは日本の文化を表面的にではなく、深層的に理解していきます。もともと自然への造詣も愛情も深かったガレだからこそ、日本美術に特徴的な花鳥風月、草木、昆虫といったモチーフを、自身の教養と興味によって優雅に、そして儚げに作品に写しとっていくことが可能でした。また、自身の哲学的思考や輪廻観を作品に投影するとき、ガレは特定のモチーフに象徴的な意味をもたせます。故郷ナンシーへの強い思いをバラやアザミに託し、霜が降りる一瞬に人生を切り取り、複雑な情感を作品の中に表現するジャポニスムとの本質的な出会いにより、ガレ自身は自らの血肉としての表現様式を確立していくのです。

1889年パリ万博。  ガレの作品はグラン・プリを獲得します。またこの功績に対して、フランス人にとって最高の名誉であるレジオン・ドヌール勲章が与えられ、ある批評家は「ナンシーで日本人として生まれた運命のいたずらを、祝福してあげようではないか」と述べました。日本美術との出会いは、ガレにとって杯の中の最後の一滴であったことでしょう。最後の一滴が落とされ、自身の進むべき道へ向かって才能は一気に迸り出ました。

ガラスに写しだされるモチーフは生命感に溢れ、色彩は躍り出し、多層の重なりが織り成す姿はこの世のものとも思われない艶を帯び始めました。技術的にも様々な試行錯誤が繰り返され、新色や新技術で特許も取得していきました。 ガレの芸術スタイルは瞬く間にヨーロッパ中に及び、この動きこそがアール・ヌーヴォーと呼ばれる美術運動となったのです。

1900年のパリ万博では、数百にも及ぶガラス器と家具の出品で、再びグラン・プリを獲得します。

華々しい活躍と、その才能の円熟期にあった一方で、ガレの肉体は病魔に蝕まれ、精神分裂症の症状を呈していました。パトロンの死や、愛する父親の死がこれに拍車を加え、ガレの心を表すように、その作品はグロテスクとも言える、苦しみに満ちたものへと変化します。

陰鬱な時代を経て、ガレの作品は再び落ち着きを取り戻しました。人生の儚さ、仏教的輪廻観、土へと帰る自然の摂理。ガレの思考は、彼自身が愛して止まない森の奥へとその着地点を見つけたのかもしれません。哲学的ともいえる色彩と、儚さのなかに垣間見られる強い意志と諦観こそがガレの作風の終着点でした。

1904年9月23日、自然を愛し、深い洞察力と柔らかな精神をもち、時代を席巻したアール・ヌーヴォーの寵児はその人生の幕を閉じました。ガレの死は、同時に一つの芸術様式の終焉も意味していたのです。彼の工房の扉刻まれていた言葉、「我が根源は、森の奥にあり」。

今日わたくしたちがガレの作品に感じ取るものは、ドラマティックな彼の人生と精神の変遷、そこはかとなく漂う人生の儚さ、そして、生を受けたものすべてが、いずれは土に帰っていくという無常の哲学なのです。

作品のご紹介

展示室は安曇野の四季を切り取った4部屋から構成されます。

桜の花びら舞う、春の部屋へどうぞ

心待ちにする日々は長く、満開を迎えれば、あとは一気に散りゆく桜。

桜の花びらが風に舞い、辺り一面をピンク色にする一瞬を切り取ったのが、春の部屋です。

 

 

 

 

エミール・ガレ「フランスのバラ香水瓶」(ふらんすのばらこうすいびん)【手前】

 

器腹にアップリケされた美しいバラの蕾。

これは単に美しい花をデザインしただけの作品ではありません。

1871年、祖国フランスが普仏戦争でプロイセン(後のドイツ)に敗北し、故郷アルザス・ロレーヌ地方の一部がドイツに割譲されました。志願して戦争にも言ったガレにとって、故郷ロレーヌが占領下におかれることは大きな悲しみでした。

この「フランスのバラ」はロサ・ガリカと呼ばれる野ばらの原種で、ロレーヌ地方の特定のエリアにしか咲かない品種です。このバラはガレにとって愛する故郷ロレーヌの象徴であり、故郷への変わらぬ敬慕とドイツへの対抗、あるいはロレーヌを手放した祖国フランスへの怒りを語るものです。

葉先に光るしずくは朝露でしょう。よく見ると、落ちるしずくの下に意図的に影が彫られている、しずくが落ちる一瞬を切り取った写実的な作品です。

朝露をためて咲くバラは、故郷ロレーヌの美しい自然の象徴であり、決して色あせることのない、祖国への強い愛情を、言葉を超えて語りかけてきます。 

おだまき文花瓶(おだまきもんかびん)

 

エミール・ガレは1890年頃から作品のモチーフと本体のフォルムを統一し、三次元的に作品を創造することでより強いメッセージを打ち出しました。

1897~1900年頃に作られたこの「おだまき文花瓶」はその傾向が顕著で、ガレの作品の中でも、明るさ、明快さ、華やかさにおいて非常に完成度の高い作品の1つです。

本体部分は、今にも咲こうとするおだまきの蕾であり、脚台に向かって伸びるラベンダー色のアップリケは、花弁から伸びるケズメを模しています。

器腹部にマルケットリー(象嵌)された黄緑、グレー、オレンジの葉。オレンジの葉にはさみ込まれたプラチナ箔の輝きは妖艶なアクセントになっています。

脚台の黄緑色のガラスには茎の筋までが描かれ、植物への細やかな観察力、見識が伺えます。