美術館(蜻蛉文花瓶)の続き

その後まもなく、作品の人気を受けてガレは同じ花瓶をもう1点制作し、アメリカ・フィラデルフィア美術館が買い上げました。

1903−04年にさらに2点制作されましたが、残念ながらその内の1点は持ち主が壊してしまったことが確認されているため、残る1点が当館で展示している「蜻蛉文花瓶」です。

1904年、ガレが亡くなる直前に制作された作品であり、長年の研究の成果による「究極」の技術が集約され、全体の洗練された雰囲気には息をのむほどの存在感があります。

半透明の羽は幾重にも層を成し、細かい網状の模様は繊細なレース編みのようです。

細かく切り込まれた表面の凹凸は光の反射を受けてランダムに輝き、小さな蜻蛉が軽やかに、羽を震わせながら水面に落ちてくる瞬間が切り取られ、空気のゆらぎまでが感じられ一層儚い印象です。

酸化物、宝石類の粉末、金属片などが挿入され、様々な粒子を含んだ3層のクリスタルガラスで構成されるこの作品はガレが人生をかけた研究と、多大な経験、言葉では言い尽くせないほどの苦労の中から生み出された結果としての傑作であり、技術の結晶なのです。

全体の神秘性を支えるのは、何と言っても蜻蛉の羽の奥行きでしょう。

蜻蛉文花瓶メインイメージ

4枚の羽は同一のガラス層にありません。

下の2枚の羽は白ガラスの間に挿入され、残りの2枚の羽はガラス表面に巻き取られています。

その表面も酸性の蒸気や、木材・石灰の灰による軽い腐食を施すことで、この上なく洗練された上品な佇まいとなり、それでいて蜻蛉という儚げな存在をかえって強くイメージさせることに成功しています。

ガレの作品の中でも最高の美しさを誇る作品の1つだと思っております。

その一方で、すでに病を患っていたガレにとって、クリスタルガラスの加工時に発生する酸性のガスや様々な酸化化合物を使った試行錯誤など、作品制作の過程すべてが彼の体力を奪っていったことは、この時代の宿命でもありました。

命を削りながら生み出す作品が、かえって軽やかな雰囲気をまとうことに、ガレ自身の命への達観と、終わりのない研究と模索、工房の経営といったあらゆるプレッシャーから解放され、次の世界へと旅立つ予感があったのかもしれない、と思うと、作品を見つめながら胸が詰まるような気がします。